おはようございます。
2025年10月。久しぶりに東京はラーメン二郎目黒店、そしてはじめて、フェンダーショップ・ジャパンにいってきました。
美味しかったし、楽しかったな。写真を。

物凄く並ぶんだな。1時間ぐらいかかるかな?食べ始めるまでに。


まずはラーメン二郎目黒店に到着。東京に数あるラーメン二郎の中で、この店が最も美味しいとの呼び声高いですよね。



ラーメンが出てきた。ニンニクと野菜マシマシ。小ラーメン600円也は、実際のサイズは小サイズではなく普通サイズ。これで600円は安いよな。満足です。でもね、これでも値上げしたんですよ。以前は500円でした。
今日は食事はこれ一食、つまりこのランチで終わり。それほどのボリュームでした。味はいつもの二郎ラーメン。最高でした。
なおWikiによれば、ラーメン二郎(ラーメンじろう)は、東京都港区三田に本店を構えるラーメン店、およびそこからのれん分けした同名の店舗。店主・創業者である山田拓美が商標を登録している[2][3]。
本項目では、三田本店のほか、全国各地で「ラーメン二郎〇〇店」を名乗る店舗(直系店)、並びに「二郎系」「二郎インスパイア系」と呼ばれる、ラーメン二郎のスタイルを取り入れたラーメン店舗のジャンルについても記す。
歴史
創業は1968年で、東京都目黒区の東急東横線・都立大学駅近くに当初『ラーメン次郎』の名前で開店した。これは開店前年の1967年1月にエースコックから発売されたインスタントラーメン『ラーメン太郎』を捩ったものとされている[4][5][6]。
創業者の山田は大田区大森にあった料亭『松浅本店』の和食料理人で、ラーメンについては全く知識がなかった。最初は「ラーメンぐらい何とかなるか」とたかをくくってラーメン店を出店したが、開店当初から半年間は1日あたりの売上が昼前から深夜まで営業しても20杯以下と低迷していた。様子を見かねた近所の中華料理店店主が自分の中華料理店で修業するようにすすめ、山田はそれに応じて3か月間の修行をした。また、近隣にあった雪印乳業の社員子弟学生寮に住んでいた北海道出身の客から受けた助言を参考にして、独自の味を作り出した。提供するラーメンのボリュームと味付け、山田の人柄が学生に受けたことから店は繁盛した[4][5]。
1970年代には慶應義塾大学三田キャンパスの東南の角にあたる三田通りの三田二丁目交差点に面した店舗に移転。1970年代前半、目黒区による呑川の河川改修工事のために店舗を移転することとなり、客として来ていた慶應義塾大学の学生から情報提供された元洋食屋店舗にて営業を再開した。三田二丁目交差点はJR田町駅前と三田通りを繋ぐ慶應仲通りとの交点でもあり、最寄りの鉄道駅(田町駅と三田駅)と三田キャンパス正門との導線上にあった。ここへの移転の際、看板屋が新店舗の看板の「次郎」とすべきところを間違えて「二郎」と書いてしまったことから、以降はそのまま「ラーメン二郎」表記で通している[4][5]。
1986年4月発売の山本益博『東京味のグランプリ〈1986〉』で山本は飲食店を星の数で評価した際、ラーメン二郎は無星の評価だった[7][8]。1986年発売の『週刊少年マガジン』50号掲載の『ミスター味っ子』「焦がしネギの風味」の扉絵でぶたダブルが描かれており、慶應大学出身者である作者の寺沢大介が「ラーメンの帝王」というフレーズを使った紹介文を添えている[9]。1996年4月20日発売の『島耕作の優雅な1日』では、作者の弘兼憲史がラーメン二郎について取材した内容をイラスト入りでレポートした[10]。
1990年代に三田通りの拡幅計画が実施される見通しとなり、これによって二郎も影響を受けることが判明したため、山田は店を閉めることを考えたが、常連客は店の継続を望み、地元慶應義塾大学の学生有志は当時改装が予定されていた慶應義塾大学西校舎学生食堂へ誘致の署名活動を1990年代前半に行ったが「学内の食堂に塾生以外の外部の客行列ができるのはまずい」など諸般の事情で実現に至らず、三田通りの店舗は1996年(平成8年)2月末に閉店した。同年6月から桜田通り沿い(慶應義塾大学正門西側)に移転し、営業を再開したのが現在の三田本店である[4][5][11]。
2003年には「ラーメン二郎」の名称が商標登録され、権利者は「山田拓美」、区分は「ラーメンを主とする飲食物の提供」で、登録日は2003年(平成15年)3月14日である[2][注釈 1]。
2009年(平成21年)には、イギリス『ガーディアン』紙の「世界で食べるべき50の料理」に選ばれている[12][注釈 2]。
2019年(平成31年)には、創業店主の山田拓美の長年の功績を称え、「慶應義塾特選塾員」に表彰された[13]。
2022年(令和4年)3月30日、ラーメン二郎と創業者の山田拓美の実像に迫るドキュメンタリー番組 NONFIX『ラーメン二郎という奇跡 〜総帥・山田拓美の“遺言”〜』がフジテレビにて放送。本来ラーメン二郎はメディア取材を断っているが、2019年2月に慶應義塾大学から特選塾員に選任されたことを記念し、山田拓美の人柄と功績を形に残すことを目的として、特別に番組が制作されることとなった[14]。同番組は2023年4月19日(日本時間)に発表された国際メディアコンクール「ニューヨークフェスティバル」にて、ドキュメンタリー・BIOGRAPHY/PROFILES(人物/伝記)部門で銅賞を受賞した。


その次は原宿、竹下通りにできたフェンダーショップ・ジャパン。フェンダーのショールームですね。もちろん、買うこともできます。


フェンダーのストラトキャスターを引いているジミ・ヘンドリックスとジェフ・ベック。いずれもなくなったギタリスト。リッチーブラックモアなど、現在も生きている人の写真を掲載するときりがないので、故人の写真を掲載したのでしょうね。
ここもおススメ。ギタリストの方は、一度行ってみることをお勧めします。



