初代会長には先の井坂孝が就任し、井坂は東洋汽船出身であったことから、ホテルの主要業務であるサービス・宿泊・飲食に関する知識に明るく、さらに当時東洋汽船サンフランシスコ支店長であった土井慶吉を自分の補佐として呼んだ。土井は総支配人としてパリからアルフォンゾ・デュナンを招聘。新生ホテルの目玉として「最新式設備とフレンチ・スタイルの料理」をキャッチフレーズにレストランへ特に力を注ぎ、総料理長には、先のアルフォンゾ・デュナンの紹介で、パリのホテルからスイス人コックのサリー・ワイルを据え、さらに元帝国ホテル第4代総料理長の内海藤太郎をその補佐につけた。
ニューグランドの厨房からはドリア、ナポリタン、プリンアラモードなど後に広く知られる料理が生まれた[4]。また、ホテルオークラ初代総料理長となる小野正吉や、プリンスホテルグループ総料理長となる木沢武雄、霞が関飯野ビル「キャッスル」の荒田勇作や銀座5丁目「コックドール」の林久次、ロイヤル中洲本店の前川卯一[5]など数々の名店の料理長を輩出し、日本の食文化に多大な影響を与えた。
開業当時から、皇族、イギリス王族などの賓客や、喜劇王チャーリー・チャップリン、米国の野球選手ベーブ・ルースなど著名人も多数来訪し、ダグラス・マッカーサーは1937年に新婚旅行の帰路と1945年にSCAPとして来日直後[6]にそれぞれ滞在している。日本が第二次世界大戦に敗れた後の7年間は、マッカーサーが率いる占領軍将校宿舎として接収され[7][8]、戦前の錚々たる宿泊者を記したゲストブックが持ち去られた[3]。なお、マッカーサーが当時宿泊していた315号室は「マッカーサーズスイート」として一般客も宿泊できる。
その独特のクラシカルな雰囲気から、『RAMPO』『ツナグ』など邦画ロケーション撮影にも多用されている。
沿革
- 1926年(大正15年)7月 - 「株式会社ホテル、ニューグランド」を設立する。幕末に開設されたフランス海軍病院跡を敷地とする。
- 1927年(昭和2年)12月1日 - ホテルニューグランドを開業する。
- 1963年(昭和38年)2月 - 株式を店頭公開する。
- 1991年(平成3年) - 18階建て(高さ73m)のニューグランドタワーを開業する。
- 2003年(平成15年)3月 - 東日本旅客鉄道(JR東日本)が株式の一部を取得。
- 2004年(平成16年)- JR東日本と業務及び資本提携を締結。JR東日本ホテルチェーンにアソシエイトホテルとして加盟。全面リニューアルオープンする。
- 2011年(平成23年)4月1日 - プリファード・ホテル・グループに加盟する。
- CAFEの入口。このCAFEでは、この美女ウエイトレスがエスコートしてくれるらしい。
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- カフェの先はホテルの出入り口。格調高いですね。
- 次号に続く。