運転手さんはおそらく70才後半で話好きな方。聞けば若いころは、トラックの運転士をしていて、東京-大阪間、トラック便でしょっちゅう、行ったり来たりしていた。
1969年(昭和44年)、東名高速が開通する前までは、いわゆる「下の道」、国道一号線をずっと運転していた。その場合、大阪を出て夜行一晩では到着できず。一泊2日で東京まで行っていたと。
大阪から出発すると、浜松あたりで夜になり、車中で仮眠するケースが多い。が、もう少し頑張って運転して、箱根まで行って50円払って温泉に入浴し仮眠する。これが楽しみだったと。
東名高速が出来て、そりゃあ楽になったけど。こんな楽しみはなくなりましたりましたねと。
この話を聞いて、いろんなことを考えさせられた。やはり「スピードアップ」は、経済にプラス効果をもたらす。
物流の進歩は、経済発展をもたらす。そりゃ、東京から大阪、人でもモノでも、移動に二日かかってたのが一日あるいは一晩で出来るようになれば、人の行き来・物流面で、劇的な進歩をもたらす。大阪や京都まで来ないと食べられないものも、東京で食べられるようになる。週末の単身赴任の人たちの帰省頻度も、それは増加する。週末に東京ディズニーランドを訪ずれる関西女性も、「スピードアップ」のせいで増加する。
それが今日では、物流に限らず。情報のスピードが、凄まじいスピードでやり取りできるようになっている。うんと昔は飛脚だった。それが有線電話となり、ZOOMとなる。
東京~大阪、日帰りの連続なんて・・・東海道新幹線ができる前は、考えられなかったと思う。 東海道本線の特急「こだま」では、東京~大阪間は6時間もかかった。 これだと日帰りは叶わないので、 一泊して、大阪のうまいものを堪能することもできたと思う。 あと急行「銀河」という、 東京~大阪間を結ぶ夜行急行もあって。 これもなかなか旅情があったんだろうなと思う。 まあ忙しくて、旅情なんて言ってる場合じゃないという人も多かったかもしれないが…テツには、たまらなかった時代だったような気もする。
生産性が上がるのはもちろん良いことだが、 便利になり過ぎてもなあ。 味気ないなあと思う部分は、正直あるよな。そう感じますね。
取りとめがなくなりました。この辺で。